妖魔皇帝オルロワージュが美と恐怖で支配するリージョン・ファシナトゥール。
時の止まったこの世界にも、明るさを振りまく不思議な妖魔がいた。




Heart




人間の世界では早朝と呼ばれる時間帯、城内の訓練場に一人剣の腕を磨く男性妖魔がいた。
宵闇の覇者。針の城の鬼コーチ、イルドゥンだ。
剣で彼の右に出る者などもういないのだが、暇なのか剣士魂か、日々の訓練を欠かすことはない。
訓練用モンスターを丁度100匹倒したとき、
「イっルドゥーンv」
頭上から自分を呼ぶ女性の声が聞こえた。が、無視を決め込んだ。
どうせ遊びに来ただけだろう。無視だ無視。と、聞こえないフリをして黙々と剣を振るう。
すると、
「イルイルイルイル、イっルドゥ〜〜ン〜」
と、鳥か?と思うような言い方で呼んできた。
返事をしないせいだろう。しつこいくらいに呼んでいる。反応するまで呼び続ける気だ・・・

いつもいつも迷惑な!

イルドゥンはため息をつき剣を収めると、もう止めろ。という顔で声の主を見た。
すると女性は、「やっとこっち向いてくれた〜v」と言いながら、笑顔で下りてきた。妖魔らしくない人懐っこい笑顔。
その上級妖魔でも簡単に魅了できそうな笑顔に何の反応も示さず、自分の前に下り立った女性にイルドゥンは冷たく言った。
「妙な呼び方をするな馬鹿者。何の用だ?」
と。あまり相手にしたくはないのだ。
が、そんなことはおかまいなしの女性、表情を曇らせるでもなく話し出した。
「馬鹿者じゃなくて名前で、って呼んでよねっ。てそれより、すんごいニュース!聞きたい?聞きたい?」
疑問符を使ってはいるものの、聞くでしょ!っていうか聞け!という感じ。
別に聞きたくないな。と思っても、拒否はできない。ワープして逃げても、追いかけて来て無理やり聞かせる気だ。
聞くしかない。
「・・・早く言え」
イルドゥンはイライラしながら先を話せと促した。
嫌々でも結局最後まで付き合うお人よし。なのだが、気が短いためそのうち怒り出す。
で、急かされたはというと、
「まぁまぁ、急かさない急かさない」
と、のんびり。
イルドゥンが相手をしてくれているのが嬉しくて、どうしても話を引っ張ってしまうのだ。
不器用な乙女心恋心。
だがあまり引っ張ってしまっては本気で嫌われる。
イルドゥンの眉間の皺がクッキリ刻まれないうちに話す。
「あのねっ、なんと!・・・」
















「セアトがラスタバンと喧嘩してやられたの!」













凄くないニュース。逆ならとんでもないニュースだったのだが。冷たい風が吹き抜けた気がした。

しばしの沈黙

やっぱ怒ったかな?が不安に思っていると、表情を変えずに黙っていたイルドゥンが口を開いた。
「・・・本当の事か?」
怒っているのかどうなのか、まったく分からない表情のイルドゥンにビクつきつつ、
「ホント」
と短くが答えると、
「・・・めでたいな」
イルドゥンがボソっと本音を漏らした。
ラスタバンは親友だが、セアトはイルドゥンにとって嫌な奴でしかない。
「そうか・・・セアトが消滅したか・・・」
遠くを見て独り言を発するイルドゥン、どこか嬉しそう。
イルドゥンの嬉しそうな顔など滅多に見れるものではない。はしばし見とれていた。が、大切な事に気づいた。
「あのっ、イルドゥン?やられたとは言ったけど、消滅したとは・・・」
そう。セアトは消えてない。
「・・・消滅は免れた・・・と?」
イルドゥンの顔は元のとおり不機嫌面に戻ってしまった。
は、もったいないー。と思ったが口には出せず、ただ「うん」と頷いた。
「そうか・・・」
奴はまだ生きている・・・
イルドゥンは、「そうか」と言ったきり、またもしばしの間沈黙する。


消滅はしていない。


・・・ならば―――――――


イルドゥンは無言で剣を抜き、何処かへワープしようとする。
「いっ、イルっ・・・!?」
はワープしようとしているイルドゥンの瞳に、妖しい炎が揺らめいているのを見た。
セアトのピンチ。
「ままっ、待った!イルドゥン待った!」
慌ててイルドゥンにしがみつき、ワープを止めさせる
イルドゥンはセアトにトドメを刺すつもりに違いない。行かせるわけにはいかない。
「離せっ!奴が消えれば少しは平和になる!」
針の城の平和の為だと言うイルドゥン。
たしかにセアトは色々と企み、ラスタバンやイルドゥンを陥れようする危険な男だ。
だが、何も喧嘩に敗れた所にトドメを刺しにいかずとも・・・
「だめっ、駄目だってば!妖魔らしくってか、イルドゥンらしくないって!」
必死にしがみ付き止める
まるで時代劇のワンシーン。
「行かないでお前さんっ!」「俺は行かなければならんのだ!えぇーい、離せ!」とやっているようだ。
二人がギャーギャー喚いていると、

「な〜にイチャついてんのさ二人ともっ」

茶化しと共にゾズマが現れた。
丁度面白くなってるところに来たなvという顔をしている。
イルドゥンとは突然のゾズマ登場に一瞬固まったが、言われた事を思い出し慌てて離れた。
「あれっ、何で離れちゃうのさ〜?せっかく抱き合ってたのに」
つまんないな〜と口を尖らせるゾズマに、
「抱き合ってなどいない!こいつが勝手にくっついていただけだ!」
イルドゥンはムキになって怒鳴った。
頬が少し朱に染まっている。
も頬を染め、
「変な事言わないで!抱きついたとかじゃなくて、止めるのにそのっ、そのっ・・・」
と必死に違うんだと説明しようとする。
そんな二人が面白くてたまらないゾズマ。
くっくと笑いながら、
「まったく素直じゃないね二人とも。特にイルドゥン!君、ホントはのこと迷惑だなんて思ってないでしょ?
あまり相手にしたくないのも、自分の気持ちに気づきそうになって怖いからだ」
と指摘した。
若君は鋭い。若君は何でも知っている。
で、図星をつかれたイルドゥン、
「なっ・・・貴様っ!」
顔を赤くして怒った。剣まで抜いている。
オルロワージュに次ぐ実力者のゾズマに勝てるものではないのだが、勢いで抜いてしまった。
はただ呆然としている。

まさか・・・イルドゥンが?

確かめたいけど怖い・・・

どうしようかと思っていると、突然ゾズマが最強の一言を放った。
「口に出して言ってごらんよ、好きだって。イルドゥンも、も」
好きなら伝えろ。その口調はいつものふざけたものではない。本気で二人に助言しているのだ。
だが・・・
「ちっ。貴様と話していると胸が悪くなる」
イルドゥンは剣を収め、止める間もなくゾズマとに背を向けてワープして去っていってしまった。
「あっ、まっ、待って、イルドゥン!」
このままではいけない。
はゾズマを軽く睨むと、イルドゥンの後を追ってワープした。
後に残されたゾズマは・・・
「これでくっつくかなvまったく、こんなこと考えるなんて彼にはまいっちゃうね」
独り言を残し、何処かへとワープしていった。





イルドゥンの妖気を追って辿り着いたのは美しい薔薇が咲き乱れる中庭。
オルロワージュの領域へと続く階段の近く、に背を向けて彼は立っていた。
何て声をかけたらいいのかな?まったくゾズマってば困った人だよねっ。とか言って誤魔化そうか・・・
がそんなふうに思っていると、
「何をもたもたしている!?早く来い!」
意外にもイルドゥンから声をかけてきた。
滅多にないことなので嬉しい。
嬉しいのだが・・・
突然来いと言われ何が何だか分からない、首をかしげて困ってしまっている。
いきなりワープして去ってしまったと思ったら次は来い。何なのだろう?

数分後

返事をすることも行動することもしないにイライラし、痺れを切らしたイルドゥン。
ワープでの目の前まで来ると、突然らしくない行動に出た。
「!?っ!い、イルドゥン!?あのっ、えっ?えっ?///」
なんとイルドゥン、をひょいっと姫抱きしたのだ。
さらに何が何だか分からなくなる。ただ顔を真っ赤に染め、大人しく抱かれているしか出来ない。
何なの?急に何ーっ!?///
嬉しすぎるのだが、わけがわからない。どうしようと思っていると、イルドゥンの口から信じられない言葉が放たれた。
「お前を俺の寵姫にする」
真っ直ぐ瞳を見ての告白。
一瞬、は頭の中が真っ白になってしまった。
寵姫?寵姫って・・・つまり・・・その・・・
「あのっ、あ、それっ、それはつまり・・・?」
真っ赤な顔で口をぱくぱくさせているにイルドゥンは、
「馬鹿が、言わねば分からんか。恋人・・・いや、妻にむかえる。ということだ」
さらりと告げた。その顔はやはり少し赤い。
気づきたくないと思っていた己の本心に気づいてしまった。いや、気づかされてしまったのだ。
後は心に素直に行動するしかない。
二人とも。

さて、告白後、見つめあったまま時が止まってしまったように動かない二人。
ずっとこのままではないだろうか?と、ある人物が心配になってきたとき、急にがイルドゥンの首に抱きつき
「やっぱりよす。とか言ってももう駄目だからね!そんな事言ったら・・・噛み付くからね!///」
と叫ぶように言い、幸せそうに微笑んだ。
イルドゥンも、
「ふん。俺が一度言った言葉を消したりするとでも思っているのか?」
ふっと微笑む。



何の変化も起こらないファシナトゥールに起こった幸せな変化
小さくとも大きな変化













おまけ

針の城の一室。
「ふふっ、うまくいったようですね」
妖力をそそぎこんだ鏡でイルドゥンとを見守っていた明るい緑色の髪の男性妖魔が満足気につぶやいた。
そして緑の髪の妖魔の隣では、同じく二人の様子を見守っていた赤毛の男性妖魔が、
「まったく、君もお人好しだよね。あの二人がくっつくキッカケを作ってあげようなんてさ」
と言いながらもてなしに出してもらったワインを飲んでいる。
お人好しだと言われた妖魔は優雅に笑い、
「おや、私をお人好しと言うのなら、貴方もお人好しだと思いますよ?ゾズマ。私の願いを簡単に聞いて下さったのですから」
と言いながら、ゾズマの空になったグラスを見てワインを勧めた。
ゾズマは勧められたワインを断りながら、
「ラスタバン、君のお願いを断るなんて馬鹿のすることだよ。セアトを半殺しにしてまで考えた計画、協力しなかったら後が怖い」
と笑った。
全てはこの二人の仕組んだこと。
ラスタバンがセアトをボコボコにする・そしてそれは喧嘩をしたのだと嘘の情報を流す・が情報を拾いイルドゥンの元へ行く。
セアトがもう少しで消滅すると知れば、イルドゥンはトドメを刺しに向かおうとする・は止めるだろう。
そこへゾズマが「イチャついている」の言葉と共に現れ二人の心を揺さぶれば・・・というのがラスタバンの考え。
見事その通りになったというわけである。
針の城の策士は今日も絶好調。











お疲れ様でしたっ。
一年ぶりくらい(もっとかな)のサガフロドリーム、第二段のお相手はイルドゥン。
お気に召していただけたかドキドキ・・・
それでは、ここまで読んで下さったこと、感謝します。
ありがとうございました!



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